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砕氷船おーろら [日記]

流氷を見に北海道網走に行ってきた。
船が荒天で欠航したり、風向きによっては流氷が沖に移動して
流氷を見られない時もある。
ガイドさんから、1週間前から暖かい日が続き、昨日船に乗った人は
流氷を見ることができなかったと聞き、もしやと心配もあった。
当日は、前日夜から冷えたのと風向きが良く、砕氷船おーろらに乗って
30分走ったら流氷を見ることができた。
氷の厚さは30センチから50センチ程度だったが
船がギュギュッと低温で重い氷を割って進む光景は
とても迫力があり、感激した。
また、船の中から流氷を見ながら飲んだ、色が青くて珍しい
流氷ドラフトビールと肉まんの味は格別であった。
青いビール画像.jpg
m.

小諸市 [日記]

昔、青森にいた中学生時代はいたずらっ子で
週に数回は廊下に立たされるか、グランドを走らされたものだ。
廊下に立っていると「またお前か!」と他の先生によく言われた。
そんな頃、学生のような女性の先生が学校に来た。
当然この先生にもよく叱られ、呆れたような顔もされた。
ある時はこの先生に追いかけられ、二階の教室の窓から外に飛び出た
こともあった。
幸い下は二メートル近くの雪が積もっていたが。
その先生が「この詩はいい詩だから」とメモを自分に残し
学校を去って行った。
『小諸なる古城のほとり 雲白く遊子悲しむ・・・』
藤村の「千曲川旅情の歌」であった。
登下校時はもちろん、来る日も来る日も読んだ。
高校生になっても、社会人になってからも思い出しては読んだ。
自分の頭の中には小諸市内の情景や街の人達の話している様子などが
形作られていった。
そしていつか行ってみたいと思うようになった。
定年退職を機に妻を連れて小諸市へ向かった。
思っていた通りの街だった。
浅間山もよく見えたし、千曲川もきれいだった。
街の空気がとても美味しく感じた。
買い物するという妻を残し、街を歩いてみた。
会う人達に話しかけては会話を楽しんだ。
藤村の本の中によく出てくる風景である。
半日ほど歩き回り、駅へ向かう道中「小諸はどうだった?」と
先生の声を感じた気がした。
中学時代の先生の笑顔が浮かんだ。
とても素直な気持ちになり、心の中でお礼を言った。
そして「あの頃は申し訳ございませんでした」と言ったら
頭の中の先生は笑っていた。
さよなら 先生。
帰りは新潟に出て、日本海に沈む夕日を見ながら食事し
会津道を帰ってきた。

y.